グラフィックレコーディングとファシリテーション

ファシリテーターとは、ワークショップとは
リアルタイムに「場を描画する」技法1への興味関心は、「ファシリテーション」へ向けられるよりも、随分と強いものを感じます。ファシリテーションという概念やファシリテーターの振る舞いや成り方に関心がある人数よりも、絵やイラストをふくめ「描くこと」が好きだったり得意だったりする人の母数が圧倒的に多いせいもあるのでしょう。ここ数年は、グラレコグラレポなど手で描かれたグラフィックが様々なシーンで愛されており、こちらの展開もいろいろと興味深いのですが、今回のシリーズでは、ふだんの職場の会議で用いる描画技法に焦点をしぼりたいと思います。

会議の場で「いま話されていること」を“とりあえず書く”。これだけで、驚くほど話し合いが前に進むことは珍しくありません。まずはメリットについて、一般的に謳われる利点と、あまり注目されていない利点の両方を記してみたいと思います。
なお、場の描画技法については様々な呼称があり、それぞれ違うものです。

ファシリテーション・グラフィック(略称ファシグラ、グラフィック・ファシリテーション(略称グラファシ、グラフィックレコーディング(略称グラレコについての記事はこちらをどうぞ。

場の描画技法: 〈ファシグラ〉
場の技法シリーズの8回目をお送りいたします。 今回は「描画」の技法の1つ、〈ファシグラ〉について記しました。 〈ファシグラ〉とは、ファシリテーショングラフィックの略称です。〈ファシグラ〉は、ファシリテーションのためになんらか...
場の描画技法: 〈グラファシ〉
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場の描画技法: 〈グラレコ〉
場の技法シリーズの9回目をお送りいたします。 今回は「描画」の技法の1つ、〈グラレコ〉について記しました。 〈グラレコ〉とは、グラフィックレコーディングの略称です。その場で話されている内容を、絵・イラスト・図・言葉などをグラ...

カタカナは字数が多く読みづらさがあるので、ここからは便宜上、話し合いをかくことを「板書する」、かかれた情報をさして「板書」とそれそれをひとまず呼ぶことにします。参加者全員が見えるところに掲げてあるホワイトボードや模造紙に話し合いを記していく様子や、えがかれた字・図・絵の情報群を思い浮かべてください。

かけること、かくことで享受できるふたつの恩恵

会議の板書をすることのメリットをあげてみます。

可視化により共通認識ができ、話が噛み合いやすくなる
会議で出た意見や視点をホワイトボードや模造紙に書き留めておけば、書かなかった場合には忘れられてしまう情報を、見えるところへ掲げて議論の材料に使うことができます。片っ端から書いておくことができれば「おや?これはさっきも出てきた意見と同じでしょうか」「それは新しい視点かもしれませんね」と気づくことができます。書いてあることで書かれていない何かに気づく、検討項目の抜け漏れ防止になるなど、生産的な話し合いの呼び水になります。

会議の内容が、商品開発やPR企画、Webサイトやアプリ制作、システムの要件固めなど、何かを創る場合や仕組みが複雑な場合、文字だけでなくイラストや図解でササっと描ける書き手がいてくれると大変はかどります。私自身かつて採用広報に携わっていましたが、デザインを伴う制作物等では発注側と受注側のすり合わせが口頭のみでは難しく、後工程の制作部隊にしわ寄せがいってしまいがちです。板書を活用して上流工程で全体像の合意形成を見える形で残すようにすれば全体工程が短くなり、そのことで全員が得をします。昨今、ファシグラグラレコが紙・Web・何らかのプロダクトのデザインに関わる方から人気が高い一端です。

発言者と発言内容の距離を調整できる
例として「職位の高い人や年長の人といった声の大きい人に惑わされないで議論が進む」「年齢が若い、入社年次が低い、女性であるなど、弱い立場になりやすい属性をもっていても不利に働きづらい」などの説明が思い当たります。
日本企業の年功序列や1年でも年齢や入社年次が先輩であれば基本服従が原則の体育会系文化、年長者であれば敬うことが礼儀とがされる儒教文化などから醸しだされる見えない壁を迂回する手段として、下っ端の仕事とされている「議事録づくり」の体裁をとりながら、ファシリテーション・グラフィックを行うことによりリーダーシップを発揮できるのだ、といった説明は会議ファシリテーションの解説でしばしば見られます。

会議の見える化を行い、会議のメンバーがそこに注目するということを利用すれば、会議の方向性を意図的にコントロールすることが可能です。(中略)そしてそれによって、誰にも気付かれずに会議のイニシアチブをとることができるのです。

(創田 online)

・ペン=かくことでイニシアチブをとる。

(江頭 2015)

これらが利点としてあげられる背景は、会議に悩まされるビジネスパーソン読者層の存在です。これは日本における会議ファシリテーション黎明期の2000年代初めに限ったことでなく、いまだこうした日本の企業文化に端を発する課題が匂います。例えば清水(2017: 6f.)の前書きには以下のような記述があります。

日本では、会議を進行する司会者は、年長者や目上の者が務めるという暗黙の了解があります。どんなに会議を進めるのが上手な人が別にいたとしても、その暗黙の了解を打ち破ることには無言の圧力があるように感じます。

自由闊達に意見やアイデアや質問が飛び交いづらい空気を、グラフィックで打破できるか?…たしかに発言内容を板書先やフセンに移植することで、発言者の表情・声量・語調などを脇に置き、純粋に内容のみを検討しやすくなる効果はあると思います。通常は礼儀上、発言している人に目と顔を向けて話を聞きますから、発言者の体格が大きかったり、(自分よりかなり)年長者であったり、自分の立場が下だと感じる場合は、萎縮してしまうこともあるでしょう。その防止策として板書は役立ちます。萎縮は生産的な議論には不要ですからね。

参考文献
江藤由布(2015) “楽しく場作り!ファシリテーショングラフィック”. 人生の経営者たれ!自分の在り方で生きて行く. https://ameblo.jp/eigotokka-flips/entry-12004164281.html, (2019年9月5日).
清水淳子(2017)『Graphic Recorder 議論を可視化するグラフィックレコーディングの教科書』ビー・エヌ・エヌ新社.
創田一(online) ”会議でイニシアチブをとるためのたった1つのポイントとは?”. アイデア総研. http://idea-soken.com/take-initiative, (2019年9月5日).

記:ワークショップ設計所 後藤
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付録

  1. リアルタイムでの場の描画技法の目的については読みもの「グラフィックレコーディングと呼ばれる技法(あるいはファシリテーショングラフィックと呼ばれる技法)について」をご覧ください。