場の描画技法: 〈ファシグラ〉

ファシリテーターの思想
場の技法シリーズの8回目をお送りいたします。
今回は「描画」の技法の1つ、〈ファシグラ〉について記しました。

ファシグラ〉とは、ファシリテーショングラフィックの略称です。〈ファシグラ〉は、ファシリテーションのためになんらかを〝かく〟(文字や記号を書く(write)、絵やイラストを描く(draw)の両方を含む)技法です1。ホワイトボードか模造紙を用いることが多く、職場の複合機に入っているA4サイズのコピー用紙を使っても構いません2

ファシリテーターは2つの視点を持ちます。(1)個人の成長と集団の成熟、(2)成果を創出すること、この2つです3。(1)の視点が強い場合、グラフィック行為ができる権利と機会はその場の全員に与えられねばなりません。自己を開くため、あるいは、相手を知るためにグラフィックは両者が同じ景色をみようとすることを助けてくれます。誰かのまだ言葉にならない言わんとすることを、別の誰かが言葉(あるいは図、あるいは絵)にすることでチームの〈関係の質〉(Quality of Relationships)4をメンテナンスすることに寄与します。
ファシグラ〉では、ホワイトボードの前に全員が立つのもよいでしょう。椅子に座ったままでも大きな机に模造紙を広げてどの方向からでも全員がグラフィックできるようにするのも手です5
一方、(2)の視点では、あいにく〈ファシグラ〉の有用性は限定的です。グラフィックは、話し合いの成果として共有しづらく、また保存性が悪いし読み返しづらいのです。(あえて成果としてグラフィックが残せることがあるとすれば「あのとき盛り上がったなぁ」とか「こんな雰囲気だったなぁ」といった曖昧な印象くらいでしょう。)成果はグラフィックではなくテキストが主役です。成果のためにグラフィックはテキストに直さねばなりません。(ホワイトボードや模造紙に、その場の成果を記し、そのテキストで異存がないか確認するという〈ファシグラ〉の使い方はあるかもしれませんが、それはもはやグラフィックとは呼びづらいし、プロジェクターに文書ソフトを投影しても、あまり効果は変わりません。)さらにその成果で決める理由もテキスト化される必要があります。その場の勢いだけで決まったことは成果とは言えません。理由を明確にしておくことで、後になってなぜその成果でよしと全員が納得できたのかを確認することができます。そこには論理が存在します。

互いが何を見ており、その見ていることを知り合うことで互いの関係をメンテナンスすると同時に自身のものの見方をとらえ直しチームとして成長を促す、こういった目的に則する技法を探しているのであれば〈ファシグラ〉の出番です。使いどころは存外多いでしょう。一方で、成果をきちんと創出する必要がある場合は、(〈ファシグラ〉の助けも時に借りながら)全員の決断を促すリーダーシップや環境づくりの方が、グラフィックよりも重要になりましょう。

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技法は、単体ではどんな場でも機能しない。状況を、「事前」と「今、ここ」の2回ある機会を活用することで適切に見極めて複数の技法を重ねる必要がある。
訓練を受けたファシリテーターを複数存在させることも有効だし、さらには参加者を巻き込んで技法選択を検討できるとなお良い。
各技法は、前後の技法の接着面を「場の設計技法」によって明文化することで初めて機能する。単体の技法のみの安易な導入は、場の失敗につながる。組織内の信頼関係を毀損しかねないばかりか、下手をすると一部の仲間に心の傷を負わせるリスクが発生してしまう。十分な善意と設計を熟慮してその場に臨むことがファシリテーターの義務であることを踏まえて、各種技法を活用して欲しい。

記:ワークショップ設計所 小寺
同じ著者の読みもの

※ 2022年10月より毎月、
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付録

  1. 技法としての〈ファシグラ〉は、米国Apple社のリーダー研修などを実施したGrove Consultants International社のDavid Sibetto(デビット・シベット)やDaniel Icefano(ダニエル・アイスファーノ)らが体系化したとされます。
  2. Web会議ではオンラインホワイトボードが役立ちます。詳しくは読みもの「Web会議のファシリテーション」に詳述しました。
  3. ファシリテーターの持つ2つの視点については読みもの「ファシリテーターとは」で詳述しました。
  4. 関係の質(Quality of Relationships):米国マサチューセッツ工科大学Center for Organizational Learning(現 SoL: Society for Organizational Learning)の設立者の1人ダニエル・キム(Daniel Kim)による理論「成功の補強エンジン(Reinforcing Engine of Success, 「成功循環モデル」とも)」の強化ループにおいて、1つ目に挙げられる要素が関係の質(Quality of Relationships)です。関係の質(Quality of Relationships)が高まれば思考の質(Quality of Thinking)が高まり、思考の質(Quality of Thinking)が高まれば行動の質(Quality of Actions)が高まり、行動の質(Quality of Actions)が高まれば結果の質(Quality of Results)が高まり、結果の質(Quality of Results)が高まれば関係の質(Quality of Relationships)が高まると説明します。これは、組織において、対処したはずのことが何度も再発したり別の領域で表面化したりするようなシステムに起因する問題に対処する際、還元主義的なアプローチから要素間の関係へのアプローチに変える必要があることを説明するためのものでした。1990年にピーターセンゲ(Peter M. Senge)が『The Fifth Discipline』で提起した「学習する組織(Learning Organization)」やシステム思考(System Thinking)の領域で多く引き合いに出されます。しかしながら、(おそらく前述した説明のための例であるという理由から)この理論は単純な紹介にとどまることが多く、関係の質(Quality of Relationships)の具体的な高め方にまで言及した論考や書籍とはなかなかお目にかかれません。そのため我々ワークショップ設計所のサービスでは、「関係の質(Quality of Relationships)の具体的な高め方」は重点を置いて扱うことにしています。
  5. 「ワールドカフェ」という手法では、途中、対話の際にこのような形式をとります。