職場での板書は、役割分担を促進しメンバーをフォローし内容への集中を生む

ファシリテーターとは、ワークショップとは
前回の読みものからの続きです。)

私がこれまで会議で板書を行ってきた経験では、むしろこれから述べる5つの利点のほうが「職場」という顔ぶれと協働期間の継続を前提とした集団において役立つと考えています。

他の人がやりたくない、しかし全員に役立つ作業として引き受ける

15分の会議でも、参加者が3人もいれば、発話される言語量は膨大です。板書は、発話される速度に追いついて記す、必要に応じて適切に要約する、会議の展開を予測しながら記録に使える限りある面積にペース配分して記すetc…これらを全て並行作業で行う必要があります。
人によっては「面倒くさいから自分は進んでやりたくないが、うまくやってくれるなら板書はあったほうが便利なので、誰かがやってくれるなら助かる」のが板書役であり、立派なチームへの貢献になります。

遠慮して質問や確認ができない人を助ける

業務経験が浅かったり、中途入社したてで業界や自社文化の知識が少ないとき、会議についていくのは至難のわざです。経験も知識も豊富であったとしても、単純に聞き洩らしたり、退席せざるを得なくなったり一瞬気がそれたりして話の流れを見失うことは起こりえます。そういったときにいささかの遠慮もなく話を遮って質問できる人は、まだ日本では珍しいのではないでしょうか。
板書があれば、後から参加したり一時退席した人も話についていきやすく、自分ひとりの疑問のために場全体の会話を遮らずに済ませられます。大勢の参加者の前で発言するのが苦手なメンバーや、遠慮しがちな若手社員にはとても助かることでしょう。(先輩やマネジャーでも疑問を抱えているが座長や後輩の手前、言い出しづらいという例も意外と多いのではないでしょうか)

視覚を使って内容を眺めながら集中できる

もし、板書がないとしたら、皆さんは何を見て会議の内容について考えるでしょう。座長の顔? 手元の資料? それは話し合いに役立つ視覚情報でしょうか。話し合いの適切な共有情報は会議の素材となる資料やデータだけではなく、それを元に会議でいま話し聞きあい相互作用しているアイディアやプロセスです。人間はほんの短い間、わずかな情報しか記憶できません。次々に展開される会話に集中するほど、その前に話していたことは忘れたり、(無意識に)書き換えたりしがちです。その前に話していたことが引っかかっていると、その先のことが聞こえなくなることもあります。人の認知の仕組みを考えても、話し合いの内容を書きとめながら進めることは合理的です。仕事に慣れていない若いメンバーが出席するときなんかは特に。参加者の所属組織や部門がバラバラな場合も板書は役立ちます。日常業務や会社が違うと意見や発言に内包される前提情報が無視できないほど異なっているからです。

長くなってきましたので次の読みものに続きます。

記:ワークショップ設計所 後藤
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