場の発散技法: 『ダイアログ』

ファシリテーターの思想
場の技法シリーズの14回目をお送りいたします。
今回は「発散」の技法の1つ、『ダイアログ』について記しました。

ダイアログとは直訳すれば「対話」であるが、なかなかその意味にチームの共通理解をつくることが難しい。ダイアログの意味をつかめていないメンバーに対して「ダイアログをしてください」あるいは「対話をしてください」とただ発話しても、ダイアログはなかなか起こらない。
ダイアログは、「自分の考えや気持ちを相手に隠さずに開くと同時に、自身のイデオロギーや立場に固執することなく相手の考えの前提や背景を共に探求しながら、互いの理解を深め合うコミュニケーション形態」を指す。もともとダイアログは、ダイアとロゴスという二つのギリシャ語の語根から派生した言葉である。ダイアは「……を通して」「互いに」を、ロゴスは「言葉」をそれぞれ意味する。つまりダイアログとは「言葉の意味が、人と人の間に流れ通じ合うこと」を表すわけだ。そしてこのダイアログを場の全員で継続することを通して、その空間の〝集合的な発見〟、つまりアイディアの創発現象が起きる環境を作ることができる。(と同時に、その環境を維持することもできる。)

創発とは「emergence」を訳した言葉であるが、本来、意味が二つありここでは片方の意味で使っている。意味の一つはシステム論における用法である。例えば原子システムや生命システムや社会システムなどそれぞれのレイヤーにおける特有の性質を「創発的性質」と呼ぶ。もう一つは、〝大域的な性質〟と〝局所的な相互作用〟とが互いに影響を及ぼし合うような仕組みを指す。人工生命(Artificial Life)研究の分野では、このような上位要素と下位要素の動的安定をラングトン[Christopher Langton, 1949年~]が「コレクショニズム[collectionism]」と呼んだ。上述の創発は後者の意味である。

ダイアログを先ほど以下のように説明した。
「自分の考えや気持ちを相手に隠さずに開くと同時に、自身のイデオロギーや立場に固執することなく相手の考えの前提や背景を共に探求しながら、互いの理解を深め合うコミュニケーション形態」。
このようなコミュニケーションは、多くの場合、時間を要する。自分自身だけで完結しないからである1。「自分の考えや気持ちを相手に隠さずに開く」ことが、いまこの瞬間、仮にできていると感じたとしても、それは同じ瞬間、相手から「この人は考えや気持ちを隠さずに開いてくれている」と感じてもらえているとは限らない。互いに内省と確認が必要である。
さらには「人の考えの前提や背景を共に探求」するわけであるから、ダイアログでは、当事者でさえその瞬間無自覚な「前提」「背景」を〝共に〟探求し、互いの理解を深めあう。このプロセスにも、やはり時間を要する。少なくとも、瞬間的には終わらない2
その意味で、なにもかもが熟考を経ずに反射によって言葉をやり取りしがち3な昨今においては、上述のような〝時間を要する〟ダイアログを、「スロウ・ダイアログ Slow Dialogue」と、レトロニム(再命名)4によって個人的には呼称したい。

ところでダイアログとは由来の通り二人の人間が一対一で話すことを指す。例えばソクラテスとプラトンが繰り広げたコミュニケーション(Socratic Dialogue: ソクラテス的対話)はダイアログである。だから日本語訳である「対話」は、二つがそろって一つとするという意味をもつ漢字の〝対(つい)〟が充てられる。小集団や組織の中でのコミュニケーションは、二者の一対一が話しあい聴きあい意味が通じあう行為の積み重ねである一方で、社会的相互作用や集団内の力学(Group Dynamics: グループダイナミクス)が作用する。そのため三人以上の場では、一対一のコミュニケーション行為を本来指すダイアログ(対話)の意味を広げて使用することになることを付記しておく。

最後に、場の技法シリーズの中で、このダイアログは「場の発散技法」としてとりあえず分類したが、十分なダイアログは発散を助けると同時に、自ずから場を収束に至らしめる。ダイアログのファシリテーターにはそういった収束の兆しを逃さず掴む観察力と介入力の両方が求められる。基本的なワークショップ設計ができる方は、次のステップとしてチャンレジしてみるとよいだろう。

技法は、単体ではどんな場でも機能しない。状況を、「事前」と「今、ここ」の2回ある機会を活用することで適切に見極めて複数の技法を重ねる必要がある。
訓練を受けたファシリテーターを複数存在させることも有効だし、さらには参加者を巻き込んで技法選択を検討できるとなお良い。
各技法は、前後の技法の接着面を「場の設計技法」によって明文化することで初めて機能する。単体の技法のみの安易な導入は、場の失敗につながる。組織内の信頼関係を毀損しかねないばかりか、下手をすると一部の仲間に心の傷を負わせるリスクが発生してしまう。十分な善意と設計を熟慮してその場に臨むことがファシリテーターの義務であることを踏まえて、各種技法を活用して欲しい。

記:ワークショップ設計所 小寺
同じ著者の読みもの

付録

  1. 自分が、自分と対話する〝コミュニケーション〟があるかもしれない。自分の中に二つの役割(G.H.ミード他)あるいはペルソナ(C.G.ユング)を仮に想定するのであれば「ダイアログ」と呼べるかもしれないが、自分との対話は一般に「モノローグ」と呼ぶ。自分の考えや気持ちを、自分の思考内で〝言葉(ロゴス)化〟する行為である。この「モノローグ」を、自分の外に(〝言葉(ロゴス)〟として)開く行為が「オープン・モノローグ(独白)」である。心理学でいういわゆる「自己開示 Self-Disclosure」だが、「自己開示」には返報性(自身の開示と同程度の開示が対象から返されること)が確認されている。だから「自己開示」は、「対話 dialogue」の起点ともなる。
  2. 言語と非言語を綜合した全人的なコミュニケーションの最中に、(多くは言葉にならない)互いの考えや気持ちが瞬間的に通じ合う現象が稀にある。今のところ〝対話の奇跡〟(神学者、ルウェル・L・ハウ)と言えるが、そのうち科学がこの現象を説明できるようになるだろう。おそらく量子力学が何らかのヒントを示してくれる。
  3. 人の反射による脳処理は、認知科学の二重過程理論では「システム1: 直感的処理」と呼ぶ。対して、非反射的脳処理は「システム2: 分析的処理」と呼ぶ。詳しくは、読みもの「処理流暢性(わかりやすさ)ゆえの反射をハックする」で記しているので参照してほしい。
  4. レトロニム retronym(再命名):その概念と、あとに登場した概念とを区別するために、改めて付けられた表現や呼び方を指す。例えば、「固定電話」はレトロニムである。元々「電話」であったが、あとに登場した「携帯電話」とを区別するため「固定電話」と〝再命名〟された。「有線LAN」は元々「LAN」で「無線LAN」登場による再命名、「プレーンテキスト」は元々「テキスト」で「リッチテキスト」「ハイパーテキスト」等の登場による再命名、「手打ち蕎麦」は元々「蕎麦」で「機械で作る蕎麦」登場による再命名であるなど身の回りにはレトロニムが様々ある。