環境管理型権力の功罪とファシリテーションへの応用

ファシリテーターの思想

これまでファシリテーターの中立性を起点に、アーキテクチャ(あるいは環境管理型権力)とナッジについてを述べてきました。

ファシリテーターが中立でいられる工夫
中立であること ファシリテーションは、しばしば中立である技術と言われます。 ファシリテーションとは、議論に対して中立的な立場で(中略)参加者の共同を促進させることを指します。 PR TIMES, Inc. 「ファシリテーシ...
ナッジ理論を用いたファシリテーターの環境づくり
先日の記事で、ファシリテーターが中立でいられる環境づくりについて触れました。今回は、「ナッジ」と呼ばれる環境づくりの理論からファシリテーターが設計する場について考えます。 ナッジ理論とは ナッジ(nudge)とは、もともと「ひじ...
アーキテクチャ(あるいは環境管理型権力)によるファシリテーションの検討
先日の記事では、ナッジ理論を用いたファシリテーションを解説しましたが、今回はナッジと似た概念「アーキテクチャ」によるファシリテーションについて考えます。 アメリカの法学者ローレンス・レッシグは人の言動に影響をするものに、Law...

アーキテクチャ、環境管理型権力、ナッジといった考え方の問題や課題はなんでしょうか。私たちは、これらとどのように向き合っていけばよいのでしょうか。

意識の煩わしさ、自己責任からの解放

権力という言葉からは、どこか「従ってはいけないもの」「よくないこと」「抗うべき」といったニュアンスを感じるかもしれません。特にアーキテクチャによる環境管理型権力は人々が意識することなく行動するようはたらきかけられるため、権力者の意図通りに動かないよう身構えてしまうこともあります。
ナッジと行動経済学を説明するコラムなどを読むと、「世の中の様々なナッジに騙されないように気をつけましょう。」といった締めくくられ方も散見されます。

悪者のように語られがちな環境管理型権力ですが、一方で、無意識に私たちを秩序ある言動へと導いてくれる側面もあります。
簡単にいえば、権力者によるルール設定が適度にあった方が、すべて自己責任であるというプレッシャーを負わされずに生きられるということです。
例えば、金沢大学法学類教授の仲正(2011: 153f.)は以下のように記しています。

[……]近代法の特徴は、守るべきルールをできるだけ曖昧さが残らないようはっきり定め、それを人びとに周知させ、違反した人を取りしまるところにある。つまり、言語を通して各人の意識に働きかけて規範への順応を促したうえで、それでも出てくる違反者に事後的に制裁を加えることで、違反者が増加しないよう各人の意識に改めて働きかけるわけである。それに対してアーキテクチャは、規範に反する行為が物理的に不可能な環境を作ることを本質とする事前規制である。しかも、その規制は、規制される本人がそのことを意識していると否とにかかわらず、作動する。人間の意識を経由しないで、身体に直接的に働きかけるわけである。
人間の意識とは関係なく、身体の動きをコントロールすることを可能にするアーキテクチャは、非人間的であるように思える。しかし見方を変えれば、アーキテクチャのおかげで各人は、いちいちルールを覚え、日々の生活の中でそれを守るため気を遣い、違反したら他人から非難や制裁を受ける、という煩わしさから解放される。法は、私たちに自らの行動を決定する「主体性」があることを認めるが、それは裏を返して言えば、自己の行動に責任を持たされるということである。アーキテクチャは、「主体性」の問題を括弧に入れることで、私たちを(良識ある市民として負わされている「責任」の重荷から)自由にしてくれるかもしれない。

仲正昌樹『いまを生きるための思想キーワード』(講談社現代新書, 2011)

先日の記事でナッジの要素の1つStructure complex choices(複雑な選択の単純化)をする際、話し合いにおける選択肢の無限性に触れました。

話し合いの場において、私たちが取りうる選択肢は無限にあります。そこで解散したっていいし、誰かを指名して話してもらってもいい、そのまま沈黙する選択肢だってありうるしキリがありません。

ナッジ理論を用いたファシリテーターの環境づくり | ワークショップ設計所

アーキテクチャが限りなく少ない場、つまり何者も環境管理型権力を行使していないとき、参加者はあらゆる選択肢から、話し合いを今後どのように進めるか、考え、検討し、決定し、行動せねばなりません。とても自由ですし、参加者の自律性を尊重しています。

一方で、ファシリテーターが環境管理型権力をうまく行使すれば、参加者は話し合いの進め方や内容に過剰な責任や煩わしさを持たずとも無意識に有意義な話し合いへと導かれます。余計な緊張や関係性を気にせずに、全員が最も話し合いたいテーマの議論へすぐに至れるかもしれません。

無論、どこかのタイミングでファシリテーターが環境管理型権力を手放し、参加者の責任と自律性のもと、話し合いを進めたほうが良い場面もあるでしょう。まったくの自由にはせず、参加者による選択の自由を残しながら、良いとされる方向を選べるようナッジをデザインしておくことも考えられます。どのあたりのさじ加減で、あらかじめ内容を予定しておくかは、その集団の人間関係や残り時間などによって異なるでしょう。状況に合わせて、このさじ加減を調整する術の一つが、我々の掲げる「ワークショップ設計」です。

「強い環境管理型権力の行使」「自由選択を残した上で良いと思われる方を選べるように促すナッジ」「できるだけ何も意図しない完全自由を目指した空間」、それぞれにメリットとデメリットがあるでしょう。
このアーキテクチャとナッジの狭間をファシリテーションのある場面を元に検討してみます。

問いかけのテンポ感による環境管理

ファシリテーターはメンバーに何かを問いかける場面が多くあります。

例えば、

ファシリテーター
ファシリテーター

なにかご質問はありますか?

このように問いかけた後、あなたならどのように振る舞うことが多いでしょうか。

メンバーにこう問いかけた直後のあり様を3つのパターンから考えてみましょう。

ファシリテーター
ファシリテーター

なにかご質問はありますか?(ノータイム)ありませんね。では次にまいりましょう。

メンバーが質問しづらい環境をかなり強くつくっています。
もちろん問われた側はファシリテーターの言葉をさえぎって質問することも可能ですが、なかなか言い出せない質問者が多いと思われます。メンバー同士の関係性やメンバー各人とファシリテーターの親密の程度次第ではこのような進め方も時間を有効活用できてよいでしょう。

次のケースはどうでしょうか。

ファシリテーター
ファシリテーター

なにかご質問はありますか?
(視線は空を見つめ無表情で1秒沈黙)
・・・
ありませんでしょうか。
では次にまいりましょう。

これはどのような環境になるでしょうか。直前の時間中、質問をしたくてたまらなかった人はここで質問をするかもしれません。そうではない場合、質問は受けず先に進むような環境ではないかと推測できます。

ファシリテーター
ファシリテーター

なにかご質問はありますか?
(メンバーを1人ずつ微笑みながら見つめ、5秒沈黙)
・・・
・・・
 
いかがでしょう?
(再び5秒沈黙)
・・・
・・・
 

ここまでくれば、これはもう「質問をさせる」というナッジもしくはアーキテクチャづくりといえます。「質問の大切さを学んで欲しい」「恥ずかしがらずに皆の前で声をあげる経験をして欲しい」「質問が無いなら無いでそのことを意思表示して欲しい」など何らかの意図がファシリテーター側に存在していることが考えられます。

少し極端なパターンを3つ挙げました。
ここでキーとなっているのはテンポ感です。メンバーは一人ひとり理解のスピードや同意までのプロセスが異なります。どの程度のテンポ感でファシリテーターが進めるか次第で、環境管理型権力の具合に変化があることが感じられると思います。
わかりやすくするためにファシリテーターがメンバーに問いかける場面を想定しましたが、何かを話たり指示したりするときも、同様にテンポ感でアーキテクチャが1つ、つくられることになります。

設置済みアーキテクチャとファシリテーターのケア

会議にせよイベントにせよワークショップにせよ、あなたが場を主催するときそこにどのような環境があり、どのようなアーキテクチャ(環境管理型権力)がはたらいているでしょうか。

カンファレンス会場を華やかにし参加者を楽しませたい一心で、壁の前後左右すべての面に模造紙を貼りカラフルなイラストや飾り付けで歓迎の意を示したつもりであったであろう演出が、参加者からすると「怖い」「洗脳されているみたい」「圧迫感があって居心地が悪い」と感じた、そういう若い女性の実例を知っています。
別のケースでは、受付で名札を配ったところ、なんの指示もなくとも大勢が「呼ばれたい名前」「ニックネーム」を書いて胸に取り付けたそうです。普段、苗字でしか呼びあったことがない、ある壮年の男性は自分だけ苗字を名札に書きましたが、少数派として不安を感じたまま終始そのイベントには参加し続けたそうです。

1つ目の例では、いつでも参加者が場から離れて休める場所を確保しておき、「無理をせず、休みたくなったときはすぐに休んでほしい」とできるだけ早く周知しておくこと、またそのような方がいないか配慮が必要です。2つ目のケースも同様で、ファシリテーターが意図せずとも参加者同士の社会的作用によって“ニックネーム制”という環境が生まれていれば、その環境に戸惑っている人がいないかどうか心を配らねばなりません。状況に応じてお声がけする必要もありましょう。

会場選びの面でいえば、ファシリテーターが最も望む環境を備えた空間は存在しません。どこか妥協して会場(野外であればそのエリア)を選ぶことになるでしょう。また、参加者同士が環境を生み出すのが普通です。ファシリテーターは、起こっている環境と私たちとの関係(アフォーダンス)を見極め、場をいつもケアしながらアーキテクチャとうまく付き合っていくことが肝要です。

記:ワークショップ設計所 小寺
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