職場にせよ会議にせよ研修にせよ家庭にせよ、物理的な距離は遠くあっても社会的な距離は近くありたいものです1。
オンライン環境において心の距離を近づける工夫はいくつかありますが、今回は〝オンラインでのみ〟用いることができる「アイスブレイクゲーム」を4つ紹介します。リアルに顔を合わせられる環境でもできることをオンラインで質を落としてまで実施することはナンセンスです。オンライン環境独特の良さを創発的2な空間づくりに活かすことが、本来のファシリテーターに課せられる大切な仕事の1つと言えるでしょう。
アイスブレイクとはチームビルディングの始点
そもアイスブレイクとはなんでしょうか。
ここではとりあえず、
- アイスブレイク
- 小集団の成員が、
チームを形成する過程の始動を助ける《ワーク》。
としておきます。
言い直せば、グループのメンバーが今この場のチームビルディングを進める出発点がアイスブレイクです。
なお、《ワーク》とは〝成員がその時間に参加する動機〟と〝終了時にファシリテーターが想定する光景〟とをつなぐ作業内容を指します。詳しくは、読みもの「場の設計技法: 《ワーク》」を参照ください。
互いに初対面となる状況や、新しい成員の合流時や、未知の議題に取り組む際や、また、普段とは異なる不慣れな環境 —— 例えばオンライン環境 ——において、アイスブレイクは成員各人の余計な緊張や不安3を取り除く効果を期待できます。
アイスブレイクのリスク
前述の通り、アイスブレイクは「〝余計な〟緊張や不安を取り除く必要がある」と、ファシリテーターが判断したとき導入されます。
裏を返せば、〝余計ではない〟緊張や不安を取り除くような作業内容や作業指示の仕方はアイスブレイクの実施目的に反します。
例えば大変に盛り上がるパーティゲームを盲目的に実施した結果、〝必要な〟緊張感まで失われてしまい、その後の話し合いや活動に支障をきたす現場に筆者は頻繁に遭遇します。
さらには、余計な緊張や不安を〝さらに〟与えるようなアイスブレイクも存在します。いわばアイスメイクです。ファシリテーターを優しく慮れるような成熟した成員が多い空間においては「アイスブレイクされた〝フリ〟」も容易ですので、目的のわからないゲームを実施した結果、一見、交わされる声の音量も上がり笑い声の絶えない空間になったとしても成員の緊張や不安はより高まることがあります4。
こういったリスクを低減するためには、アイスブレイクを実施する際に《ねらい》と《タネ》を事前にきちんと言語化しておくことが肝要です。
このアイスブレイクの《ねらい》と《タネ》は、その集まり全体の《ねらい》と《タネ》とも論理が明快に通っていなければなりません。アイスブレイクを含む一連の《ワーク》の、この《ねらい》と《タネ》によって紐付ける作業が「ワークショップ設計」です。
なお、《ねらい》とは何か、どのように言語化するかは読みもの「場の設計技法: 《ねらい》」に詳述しました。同様に《タネ》については、読みもの「場の設計技法: 《タネ》」をあたってください。
オンラインアイスブレイクとしての『チェックイン』
場の導入技法の1つに『チェックイン』という技法があります。
『チェックイン』とは、「成員がそのチーム形成に参加することを認識しあう儀式」を指します。具体的には、一人ずつ何らかを順番に話し、他の成員はその話を過度に肯定も否定もせずニュートラルに受容します。なぜ『チェックイン』が有用であるか、また、詳しい実施方法については、読みもの「場の導入技法: 『チェックイン』」にまとめていますので興味のある方はどうぞ。
さてオンライン環境におけるアイスブレイクではこの技法『チェックイン』を容易に応用できます。マイクを通した声を互いに確認できるからです。『チェックイン』を、リアルで実施する際とほぼ同じように実施することでアイスブレイクの効果を得られます。
オンライン環境に不慣れな成員が多いことが想定される場合、『チェックイン』で話す内容は、「オンライン環境にどのくらい慣れているか」「今こうして話し合っている環境や職場をどのように本音では感じているか」「今いる部屋や周囲の様子」「この会が始まるまでは何をしていたか」といったテーマが考えられます5。(先の読みものに記していますが、実際はこれらのテーマから〝1つ〟を選んで『チェックイン』を実施してください。)ゲームをわざわざ実施する《ねらい》や《タネ》がないのであれば、『チェックイン』が十分にアイスブレイクになるでしょう。
オンラインアイスブレイクゲーム
さて前置きが長くなりましたが表題のオンラインアイスブレイクゲームを4種ほど紹介して参ります。
なお、書かれている《ねらい》と《タネ》はあくまで一例です。(アイスブレイクの実施を予定する会 —— それは例えば何らかサービスを紹介するセミナーや説明会であったり、関係者を大勢交えた会議であったり、カジュアルな飲み会であったり、とにかく人が複数集まる会 —— 全体の《ねらい》と《タネ》や、アイスブレイク前後の《ワーク》の《ねらい》と《タネ》に応じて、必ず当該アイスブレイクの《ねらい》と《タネ》を変更して実施してください。各《ねらい》、各《タネ》にそれぞれ整合性がないアイスブレイクの実施は、その指示者が不可避にもつ権力を振りかざした理不尽な暴力と心得えなくてはなりません。集団の力を身勝手に利用して他者を統制してよい理由は多くなく、参加者の身体の様子を把握しづらいオンライン環境では特に注意が必要です。)
オンライン現代アート
《ねらい》
互いの今の気持ちを知り合う。
《ワーク》
オンラインホワイトボードツールに成員の一人が「今の気持ち」を表す図形を好きな色で1つ描きます。
続けて、別の誰かが同様に1つ、前の図形に一部が重なるように描き足します。
これを成員全員が1回ずつ繰り返します。
《タネ》
オンラインホワイトボードへの抵抗感が下がっている。
(解説)成員全員が上下左右を同じと感じる真白なキャンバスを共有できることがオンライン環境の特徴の1つです。オンラインでない場合、テーブルに広げた模造紙を囲むと1人を除いて正しく上下左右を眺められませんし、同じホワイトボードをもし50人で眺めれば何人かは —— 多くは文字が小さくて —— 内容を把握しづらい成員が出てくるでしょう。このアイスブレイクゲーム「オンライン現代アート」は、オンライン環境でなければ実施できない《ワーク》といえます。
(補足)描き終わったあと、《タネ》次第では「全員でつくりあげた作品にタイトルを付ける」という《ワーク》も考えられます。
チャットニョッキ
《ねらい》
オンライン特有の余計な緊張感を取っ払う。
《ワーク》
チャット欄で「たけのこニョッキ」ゲーム6を実施します。
ファシリテーターは「たけのこ、たけのこ、ニョッキッキ!」と明るく声を上げ、成員は事前相談せずに1人1回ずつ「1ニョッキ」「2ニョッキ」「3ニョッキ」と数字を1つ増やしてチャット欄に書き込みます。数字が重複してしまった場合は失敗です。カウントを「1ニョッキ」に戻し、ファシリテーターは「たけのこ、たけのこ、ニョッキッキ!」と明るい声で再び合図をしてください。数字が重複することなく成員全員がニョッキ宣言を終えるまで以上を繰り返します。
10人くらいで実施すると楽しいです。もし簡単に終わる場合は最速タイムにチャレンジするとよいでしょう。
《タネ》
グループの一体感を少し感じられている。
(解説)オンライン環境においては、現代のテクノロジーをもってしても残念ながら成員各人の身体性は減じざるを得ません。元来の「たけのこニョッキ」のように手を合わせて頭の上に掲げる方式の採用も考えられますが、「ノンバーバルコミュニケーションの大切さを感じられている」や「自らの身体とカメラの画角とを意識できている」といった《タネ》をそこまで重要視しないのであれば、思いきって成員各人の身体をチャット欄へ拡張するようなルールを採用するのがよいでしょう。結果、このゲームはオンラインならではのものとなり、また取り組む《ねらい》ともなりうるため好ましいと考えます。
(補足)ファシリテーターは成員と共に場を楽しむ気持ちで実施してください。
笑顔でGO!
《ねらい》
円滑なコミュニケーションの起点「笑顔」の練習をする。
《ワーク》
ファシリテーターが発する「せーのっ!」の合図で、成員全員が一斉に思いっきり笑顔をつくります。数回繰り返したあと、笑顔のメリットやデメリットについて意見交換を簡単に行います。
《タネ》
他者から映る今の自分の表情を気にするようになっている。
(解説)現実では大勢の笑顔を成員全員が同時に正面から見ることはまずあり得ません。大勢に笑顔をつくってくださいと指示したとしても、壇上の講師だけは大勢の笑顔を目撃できますがそれ以外の方々は首を大きく振って見回してもせいぜい数人の笑顔しか一度に目には入りませんし、椅子を円形に並べて座ったとしても全員の笑顔を正面からは受容できません。スクリーン上ではありますが何人もの笑顔のパワーを全員が感じられる体験は、オンライン独特のものといえるでしょう。
(補足)意見交換の際は、成員が結論を急ぐことなくダイアログ7を続けられるよう、ファシリテーターは話し合いを見守りながら必要に応じて介入してください。
変顔でGO!
《ねらい》
ビデオ通話で大切な表情筋をほぐす。
《ワーク》
上記「笑顔でGO!」と同じようにファシリテーターの「せーのっ!」の合図で、今度は成員全員が一斉に思いっきり変顔8をつくります。その後、どの変顔が最高に変だったかを投票しあってBEST3を拍手で称えあいます。
《タネ》
普段見せない表情を相手に見せることを通して、本音を伝えやすい空気ができている。
(補足)特別な《タネ》がない限り、「笑顔でGO!」のような意見交換は不要です。拍手を贈ったあとは、ただちに次の《ワーク》へ移行してください。
アイスブレイク後
アイスブレイク後は本題に入ることと思います。
どのように場を進めればよいかは以下の読みものも参考ください。
なおワークショップ設計やファシリテーションにつきましてご質問やご相談等ありましたら、お問合せフォームよりお寄せください。あなたの設計したオンラインアイスブレイクゲームが、善い参加空間をつくることを祈っています。
記:ワークショップ設計所 小寺
同じ著者の読みもの
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付録
- ソーシャル・ディスタンシング(Social Distancing)は公衆衛生上の戦略の1つであり物理的に離れることを指します。他方、ソーシャル・ディスタンス(Social Distance)は、個人と社会集団あるいは社会集団と社会集団の親しさの程度をあらわす社会学上の用語です。世界保健機関(WHO)は社会的距離(ソーシャル・ディスタンシング: Social Distancing)よりも、物理的距離(フィジカル・ディスタンシング: Physical Distancing)という呼び方を好んでいることを、米国のワーナー系ニュースメディア『CNN』が、記事「Forget ‘social distancing.’ The WHO prefers we call it ‘physical distancing’ because social connections are more important than ever」で2020年4月18日に報じました。*[2023年2月追記]日本では、新型コロナウィルスが「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」において二類感染症相当から五類感染症へ移行することに伴い、ソーシャル・ディスタンシングという言葉の使われる機会が徐々に減りつつありますが、2020年4月時点での語の使われ方として、本記事ではそのまま残しておくことにします。
- 創発とは「emergence」を日本語に訳した言葉です。本来は意味が2つあり、ここでは片方の意味で使っています。意味の1つはシステム論における各レイヤー特有の性質を呼ぶ際、「創発的性質」が用いられます。もう1つは、〝大域的な性質〟と〝局所的な性質〟とが互いに影響を及ぼし合うような仕組みを「創発」と呼びます。本文では後者の意味で使用しています。
- この「余計な緊張や不安」を氷(ice)に喩え、それを壊す(break)作業ゆえに「アイスブレイク」と呼ばれるのですが、緊張や不安は人の心に当然に現れるものであり、壊すような硬いものとも、氷のように冷たいものとも限りません。またその集団や空気感を氷のようだと例えることはなんとも傲慢な態度に感じられるため、筆者はこのネーミングを好んでは用いません。代わりに私たちは「ウォーミングアップ」と呼称します。リーダーやファシリテーターがアイスブレイクという呼称を何らかの理由から成員に伝えねばならない際は留意しておくとよいでしょう。
- そもそも「発話内容」や「表情」といった〝目に見える〟事柄しか見ず、「その集団の規範」「構成員の内心、情動、価値観、信念ほか」「構成員同士の友好関係程度、統率のあり方」など〝目には映らない〟事柄をを手がかりに小集団や個人へ必要に応じて介入しようとしない者をファシリテーターとは呼べず、アイスブレイクを安易に実施してはいけません。構成員の心に取り返しのつかないダメージを時に与えることがあり後戻りできなくなるためです。ファシリテーターによる状況即断の危険性を、読みもの「場の導入技法: 『ハイファイブ』」では指摘しました。また、ファシリテーターがつくるアーキテクチャによって参加者の不安の度合いが高まるケースを、読みもの「環境管理型権力の功罪とファシリテーションへの応用」では紹介しています。
- なお場の成員の規範として組織文化面やプライベート面からストレスを感じるかもしれないことが想定される場合、「今の気持ち」といったテーマに留めるべきでしょう。
- 「たけのこニョッキ」とは、フジテレビ系の番組『ネプリーグ』において2003年から2005年にかけて出演者が行ったゲームの名称です。
- ダイアログに関しては、読みもの「場の発散技法: 『ダイアログ』」に詳しく書きました。
- 変顔とは、表情をできるだけ大きく崩した顔のことを指します。