場の設計技法: 《タネ》

ファシリテーターの思想
場の技法シリーズの初回をお送りいたします。
今回は「設計」の技法の1つ、《タネ》について記しました。

「ワークショップ終了直後の光景1を事前に表現した文章」を、ワークショップ設計所では《タネ》と呼んでいる。
《タネ》は、ファシリテーター自身の問題意識もしくは目的意識から生じる。問題意識とは『事態・事象についての問題の核心を見抜き、積極的に追求しようとする考え方。』を指す2。目的意識とは『自己の行為の目的についての明確な自覚』を指す3。どちらもそんなに難しいものではない。だれしもが少なくとも一つや二つ持っている意識だ。例えば企業内において、「うちの職場の問題は?」と問われて浮かぶいくつかのことは問題意識といって構わない。「うちの職場がどうなると皆が喜ぶだろう?」とやはり問われて浮かぶいくつかのことは目的意識である。(企業を例にしているが、「職場」を「地域(◯◯市、◯◯町)」や「家庭」に置き換えて考えてもよいだろう。)

「成果物」「アウトカム」「ゴール」「裏目的」などと、《タネ》は他の言葉に言い換えられないこともない。けれども、15年以上ワークショップ設計をやっていると《タネ》という言葉の使い方が一番しっくりくる。「成果物」は、成果を出さねばならないというナッジ4が働きすぎる。話し合い(ワークショップ)ではもちろん何らかの成果が出るよう設計するし期待もするが、参加者自身が持っている成果への期待度はバラバラであり、場への準備度や思い入れに関してファシリテーターと参加者のあいだで非対称性もある。参加者を置いてけぼりにファシリテーターだけが成果にこだわりすぎる恐れもあるだろう。言葉遣いが暗にファシリテーターの所作や声色に反映されてしまうリスクはできる限り排除したい。「アウトカム」は医療現場でよく使われる用語だが、そのためワークショップの文脈で使えばと混乱を起こしかねないし、広く市民権を持つ一般的な言葉ではないと判断し却下した。「ゴール」はわかりやすい言葉だが、いささか客観性が強すぎる。客観的に正しいことを目指すにしても、ファシリテーター自身が納得してないゴールに向かってはワークショップ設計はできないし、ましてやファシリテーションはもっと困難である。《ねらい》5を目的と置き、明示される目的に対してそのワークショップを通して至って欲しいことを「裏目的」と呼ぶ言い回しも見かけたことがある。言いたいことはわからないでもないが、「裏」という言葉には明かされないもの・操作したり陥れたりする先・ファシリテーター側だけのものといったニュアンスがつきまとい相応しくない。ワークショップ設計は、参加者をファシリテーターが思うがままに誘導するために行うものではない。後でも触れるが、ファシリテーターの価値と参加者の価値(そして参加者同士の価値)を間主観的に見定め合うために、共に過ごす場がワークショップである。その価値の根源はなにかと問われれば、強い思いや熱意の根源、つまり“種(たね)”というメタファで表して支障ないものだ。

興味深いことに、大乗仏教において「種」という言葉が似たような意味で用いられる。奈良の興福寺・薬師寺・法隆寺や京都の清水寺を本山とする法相宗(ほっそうしゅう)では、心の深層にある意識を「種子(しゅうじ)」と呼ぶ。わたしたちが目や耳や肌感覚などから取り入れるあらゆる知覚は、阿頼耶識(あらやしき)と呼ばれる個人の根本に基づくと説く6。 阿頼耶識には日常の中で意識されたものが降り積もるように日々刻々と蓄積していき、後の行為に影響を与えるとする。この毎日の行いや知覚によって蓄積していくものが「種子(しゅうじ)」である。ワークショップ中や話し合い中に蓄積した経験のみを指さないところがポイントである。ファシリテーター自身の公私双方を含む24時間365日の認識、意味づけ、関わったことが、彼/彼女の阿頼耶識に沈殿するのだ。設計の段階でワークショップの《タネ》を見出すとは、ファシリテーター本人の日々の経験から、例えば問題意識や目的意識となって現れてくることを取り出す行為である。だから《タネ》はなかなか決まらないことが通常だ。《タネ》も、《ねらい》と同じように成立条件があるが、パーソナルセッションの中でゆっくりとつくっていくものであるため、この読みものでは掲載しない。

ところで、《タネ》だと思って明文化したことが、一晩経過して、「もしかするとこれは《タネ》ではなくて《ねらい》ではないだろうか」ということがよくある。例えば、「よい結論が出ている。」と《タネ》を置いたとしよう7。話し合いが終わるころには、よい結論が出ていて欲しいのだろう。なるほど先の定義の通り、そのワークショップ終了直後の光景を表している。会議ではいつもよい結論が出ないという問題意識か、あるいは会議ではよりよい結論がいつも出来上がっていてほしいという目的意識のどちらから生まれた《タネ》と思われる。その話し合いの時間が終わるころ、「よい結論が出ていて欲しい」とファシリテーターが願うことは自然なことだと思う。しかし、よくよく考えてみれば、参加者は「よい結論が出ていて欲しい」と思っていないのだろうか? おそらく多くの場合そうではない。参加者だって、「よい結論が出ていて欲しい」と願ってはいまいか。もし参加者も「よい結論が出ていて欲しい」と願っていると想定できるのであれば、「よい結論が出ている。」をそのワークショップの《タネ》と決定することはファシリテーターの傲慢さの表出になってしまう。参加者を見くびる形になるのだ。つまり「よい結論が出る」ことは《タネ》ではなく《ねらい》なのだ。すこし表現を変えれば、「よい結論を出す」が《ねらい》足り得る8。「よい結論を出すために、参加者はこの話し合いに参加する」で、多くの場合その参加者はその場に参加したいと一定のモチベーションが高まるのではないだろうか。

ここまで見てきたように《タネ》をきちんと決めるということは、ファシリテーターが参加者を信頼するための準備であることがわかると思う。いついかなるときもその場にファシリテーターが介在しようとするとき、参加者を信頼し共に場を作るマインドを維持できるのであれば、《タネ》は必要ないし、ワークショップ設計も必要ない。しかし、ファシリテーターだって人間であるし、人間関係の心的なダイナミクスを扱い続ければ気持ちだってささくれだってくる。

これまでの経験から言って、ラージグループの対話プロセスでは集中力が必要とされ、各イベントの前後にエネルギーを使い果たし、再充電を完了するまでに少なくとも半日はかかる

Bushe & Marshak, 2015 中村訳, 2018, p.379

世界的なプロフェッショナルでさえ少なくとも半日はかかるそうだ。(私は悲しいかなもっとかかる。)ファシリテーションする場と場のあいだに十分な時間と休息が必要なのである。いつも心がささくれ立たない精神をファシリテーターは磨き続ける必要は常にある。それが理想だ。しかしそれではいつまで経っても実践ができない。ある程度ファシリテーションを学んだのであれば、《タネ》を始めとしたワークショップ設計技法を補助輪に、場へ臨んでみることを我々は推奨している。十分に準備と検討がなされた場には、思った以上に温かい礼を参加者は返してくれる9

そろそろ人間力頼りの属人的なファシリテーションから抜け出そう。参加者もそろそろファシリテーターの設計にただ従うことを保留してファシリテーターを助けよう。自分の《タネ》を持つことこそが、日頃の話し合いの成果を追求することに他ならないし、ひいては公正で平等な社会を私たちの手で創出していくためのスタートラインに立つことなのである。

参考文献
Gervase R. Bushe, Robert J. Marshak (2015). Dialogic Organization Development: The Theory and Practice of Transformational Change. Berrett-Koehler Publishers. (ジャルヴァース・R・ブッシュ, ロバート・J・マーシャク, 中村和彦(訳) (2018), 対話型組織開発――その理論的系譜と実践, 英治出版.)

場の設計技法 三点セット《ねらい》《ワーク》《タネ》
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記:ワークショップ設計所 小寺
同じ著者の読みもの

付録

  1. 光景とは、その空間のありさまや様子のことである。
  2. 新村出編(2008)『広辞苑』第六版, 岩波書店.
  3. 同書
  4. ナッジに関して詳しくは、読みもの「ナッジ理論を用いたファシリテーターの環境づくり」で詳しく書いたので参考にして欲しい。
  5. 《ねらい》に関しては、場の設計技法: 《ねらい》に詳しく書いたので参照されたい。
  6. 参考:唯識論
  7. 実際のワークショップ設計ではもっと具体的な《タネ》を明文化するが、説明のためにここでは簡潔で抽象的な表現を用いることにした。
  8. 《ねらい》の成立条件は前掲記事で示した。
  9. 最近では、ワークショップ設計所のインターンシップ生が想定以上の賛辞と返礼をいただき驚いていた。