場の設計技法: 《ねらい》

ファシリテーターの思想
場の技法シリーズの2回目をお送りいたします。
今回は「設計」の技法の1つ、《ねらい》について記しました。

ワークショップ設計の文脈において《ねらい》とは「参加者が、そのワークショップに参加する目的やモチベーションを表現した文章」を指す。
《ねらい》は、 (1) その文章が動詞で終わっていなければならない。(2) その文章の後ろに、「ために、ワークショップに参加する。」を付け加えたとき、日本語として通っていなければならない。(3) その《ねらい》を参加者が聞いたときその場に参加したいと心から思える(参加が強くモチベートされる)という確信がファシリテーターにある。以上の3点が、《ねらい》であるための条件である。この条件は、作成した《ねらい》がワークショップ設計に用いることができるかどうかのチェック項目にもなるだろう。

《ねらい》を熟考することは、マーケティングを行うことに近い。徹底的な顧客満足の視点からサービスを練り上げる時間にほかならない。その話し合いの参加者であるお客様が、その場に時間と金銭と心のハードル超え等さまざまなコストを支払ってまでなぜ参加したいと思えるのかをファシリテーターは事前に考え抜き、《ねらい》という形式で文章に落とし込めていなければならない。

《ねらい》が疎かな場では、時間を理由にした導入が多い。「〝時間ですから〟次はこの作業に移ってください。」「〝時間になりましたので〟終えてください。」といった類のセリフが頻出する。時間は有効に利用すればファシリテーションに役立つ。だから時間を理由にしたファシリテーションすべてがよくないわけではない。時間は《ねらい》として多くの場合機能しないということだ。参加者にとってみれば「時間がきたから」次のセッションに移るわけではないし、そのセッションを終えたいと思うわけでもないからである。こういった場では、俗にいう「やらされ感」が生まれやすい。参加者が自ら望んでその場に参加したいと思える理由が曖昧だから、進行者の指示に従えば時間が過ぎていくと思いがちなナッジ1が働く。こういう場は参加者の自発性を育まないばかりかその芽を摘むことにさえなる。

ファシリテーターが《ねらい》を参加者にきちんと提示する(あるいは提示できるように準備しておく)ということは、ファシリテーターの誠実性を示す。ファシリテーターは教師や講師ではない。「こういう《ねらい》で次の時間を一緒に過ごしませんか」と参加者に提案する。参加者は、そのファシリテーターからの提案に必ずしも乗る必要はない。提案内容を吟味しその時間の過ごし方でよいかどうか考えればよいのだ2。一方で、ファシリテーターは事前に「その《ねらい》であれば、きっと参加者は各々の内発的動機から、このテーマと進め方の両方に納得して取り組んでくれるだろう。」と想定している3。ここにファシリテーターと参加者の対峙がある。

ファシリテーターは《ねらい》を参加者に提示する際、2つの帽子かぶっている。
1つは、「この《ねらい》で共に場をつくればきっといいことがある」という提案者の帽子だ。もう1つは、「この《ねらい》で、皆さんは共に場をつくりたいと思っているか検討してみてください」の意味。内省促進者の帽子である。
ワークショップ中のあらゆる時間において内省促進者の帽子を被っていては場は進まないし参加者も疲弊する。ある場では提案者の帽子を深くかぶってリーダーシップを発揮すべきだ4。その瞬間思い切りよくリーダーシップを発揮できるよう事前に《ねらい》をきちんと明文化しておくことがファシリテーターの助けになるだろう。同時に、思い切りよく帽子を変えることも躊躇してはならない。参加者の主体性が高まってきたとき(多くはワークショップ後半だろう)、残された時間と空間の使い方は、ファシリテーターと参加者のコンセンサスによって進めねばならない。ファシリテーターは権威者で居続けてはならない。潔く帽子を脱ぎ着できるようになるためには、今度は《ねらい》ではなく《タネ》の熟考が必要になる。《タネ》については読みもの「場の設計技法: 《タネ》」を一読して欲しい。

場の設計技法 三点セット《ねらい》《ワーク》《タネ》
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記:ワークショップ設計所 小寺
同じ著者の読みもの

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付録

  1. ナッジについては、読みもの「ナッジ理論を用いたファシリテーターの環境づくり」で詳しく書いたので参考にして欲しい。
  2. これが学校などの教育現場であれば話は違う。子どもたちは教師の専門的知見に基づいて作られたインストラクショナルデザインに従う必要もあろうし、従ってもらう技術も大切だ。しかしそれはインストラクターの技術であって、ファシリテーターの技術ではない。区別すべきである。重層的な価値をもつ一人の成熟した人間をどうしてファシリテーターは子ども扱いできようか。研修や企業内でのワークショップといった大人を対象とする場に、子どもの教育のためのインストラクショナルデザイン論を、安易に適用してはならない。
  3. 想定できないのであれば、それは先に書いた条件に当てはまらないため《ねらい》ではない。想定していたが、その場になってその《ねらい》が有効でなさそうなのであれば、参加者がモチベートされなかったわけであるから、それは「ワークショップ設計の失敗」である。なお、「ワークショップ設計の失敗」があったときは潔くそれを認め、自身のファシリテーションの技術に頼るほかない。即応する技術も、ワークショップ設計技術とは異なるが、日々磨く必要があるだろう。
  4. 局所的にパターナリストになるのだ。(参考:読みもの「リバタリアン・パターナリズムを超えて」