前回記事からの続きです。
恐怖感を和らげる新しいアート&テクノロジー
個人的な葛藤は横に置くと、技術としては底知れないポテンシャルを感じた。
触れたら、触られれたことを察知して、何かを返してくれるアート?技術?というのはワクワクする。
これまでアート鑑賞といえば、美術館やデパートの特設会場で絵画を眺めて佇む、みたいなイメージだったが、今では、これまでにない新しいアート体験を提供できるようになったのだなと思った。
AIの進化は言うに及ばず、宇宙への探索や進出も、一般市民が認識する以上にきっと驚異的に進展しているはずだ。
ゲームの分野でもイングレス1のように、それこそ「世界が変わる」サービスが生まれている。
ICTや技術に関わる人たちは、自分が見たことのない素晴らしい社会をつくる魔法の杖を手にしていることを知るにつけ、冒険家のようにワクワクしていることだろう。
PCやスマホが子どものころから身近にある世代は技術があまりに身近にあるので疑問をもっていなそうだ。
でも東北で1976年に生まれた私は、自分や上の世代が抱えるであろう、技術進展や人と人の関わる有様が変わること、そういう個人では対抗しえない大きな渦へ否も応もなしに巻き込まれていくことの恐れも同時に感じている。
テクノロジーの進展は、恐怖を、特に年齢を重ねた人間に与えてくる。
その魔物は、自分が知っていた馴染みある世界を変え、これまで自分が苦労して蓄えてきた世渡りの作法を根こそぎ役立たずにしていってしまう。
そんな何となくの「技術に対する恐怖」を、デジタルアートは軽減してくれた。
これは意外に大きな影響ではなないだろうか。
私と私、私とあなたがつながる世界
テクノロジーは進むがゆえに、もっと「人間」「私」「他者」を知りたい、感じたい、関わりたい。そういう“人間である自分を肯定したい需要” “他者とつながっていることを感じたい需要”は世界的に増えていくだろう。
それに「孤独リスク2への対処」は特に先進国において国家レベルの課題。
予算をかけてその種の産業を支援していくことも期待できる。
つながりの数、質、種類が人生の幸福度に直結する。
他者とのつながりを感じ孤独感を和らげる体験の産業化(その生業で食べていける人数の増加)と、市場の成長(それが他者から喜ばれる価値を持ち続けること)は、家族を構成しなくてもより生きやすい社会へとつながっていく。
日本ではまだ赤の他人であるカウンセラーやセラピストにお金を払って愚痴や悩みを聞いてもらう習慣が根付いたとはいえない。
心理職の整備が欧米に比べて遅れているとも聞く。数十年前に比べればメンタルヘルスに対して理解が進んでいるだろうが、まだまだだ。
必要があれば正面からメンタルクリニック等の専門職に頼る選択肢もそれはそれでもっと身近にしていく必要はあるが、エンターテイメントやアートの市場からも、ひとりひとりの心を健やかに保つ環境が生まれていくかもしれない。
血縁、地縁、家族のあり方、ライフスタイルが変わっていく時代における新しいセーフティーネットの可能性も感じる。
ワークショップの分野でも例えば「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」3などのように、以前は環境教育、人種差別撤廃、心理療法といった社会的にイレギュラーとされる何かや課題に対処する過程で生み出された手法が、一般人向けのエンターテイメントイベントとして日常へ進出しつつある。
反省してください?
ところで気になるのは、今回のチームラボもそうなのだが、なんかまだどれもこれも「叱られる」イベントっぽいこと。
人間という種として生まれたことや普段の自分の行いを反省させられる感が否めないことだ。
テレビのコマーシャルで例えるとAC的というか4、忙しい毎日を精一杯生きているなかで、知っていて目を背けている自分個人の手には負えない社会課題に「あなた、目を向けてないでしょ!」と説教される感というか。
日本人は反省しやすいといわれているし、反省すること自体がエンターテイメント、個人の娯楽になるという試みを意図して行っているのなら、またそのために今回のイベントが存在するなら止める筋はないのだけど。
反省することと世界を現実的に変えることはまた別だ。
社会構成主義的5にいえば、個人の認識が変われば世界は(その人にとって)変わるそうだから、「あ、人っていいな」と感じられる方向に、デジタルアートの技術が活用されていけばいいと思う。日本むかしばなしのエンディングテーマ曲にありましたね。♪に~んげんってい~い~な6。
デジタルアートへの希望
チームラボはチームラボで、集客できているしデジタルアート市場を広げることに貢献している。
そもそも、仮に人が嫌い・苦手な作者がいたとして、それでいいのだ。
その人がそうであることは悪じゃない。
きっと同じ感性を持つ人も数多くいる。
作者と作者に似た人が、その作品をつくること、味わうことで慰められ肯定され、幸せに生きていけるのだとしたら、それは絶対的に善だ。
ただ、デジタルアートが広がること、より多くの人々を幸せにできる方向を目指すなら、「人間ってさ、なんか不合理だしAIにも勝てないタスクは多いんだけど、うちらはうちらでいいよね。人間に生まれてきてよかった。明日も元気に暮らそうね」そんな風に思える作品がもっと増えてほしいと思う。
そういうデジタルアーティストグループの作品が話題になる日を楽しみに待ちたい。 <続く>
記:ワークショップ設計所 後藤
同じ著者の読みもの
連載タイムライン
付録
- イングレス(Ingress):Googleの社内プロジェクトNiantic Labsが立ち上げた位置情報ゲーム。スマートフォンのGPS機能を利用して陣取り合戦を行う。ゲームのアプリは全世界で1千万回以上ダウンロードされた。
- 孤独リスク:孤独が及ぼす健康への悪影響。様々な病気のリスクを孤独が大幅に高めることが近年の研究でわかってきた。
- ダイアログ・イン・ザ・ダーク:ドイツの哲学者アンドレアス・ハイネッケ(ANDREAS HEINECKE, 1955-)博士考案のワークショッププログラム。暗闇の中で、聴覚や触覚を頼りに、壁や物を触ったり飲食をしたりなどさまざまな体験をする。
- AC:公益社団法人ACジャパン(ADVERTISING COUNCIL JAPAN)。公共マナー、環境問題、いじめ問題等の啓発活動を行っている。
- 社会構成主義:私たちのこの現実世界は、人々の社会的相互作用によって構成されていると考える社会学のアプローチの1つ。
- 1975年放送が開始された『まんが日本昔ばなし』で、ある年代に使われたエンディングテーマ曲「にんげんっていいな」より。作詞:山口あかり、作曲:小林亜星、編曲:久石譲、歌:中島義実、ヤング・フレッシュ