福島の“暗いテーマ”はやらない? 〜あるカウンセラーのワークショップ設計録 中編〜

ファシリテーターとは、ワークショップとは

前回記事からの続きです。

テーマ選択の苦悩

上京して18年、改めて気づいたことがある。自分の「食べること」への執着だ。
周囲の「食べること」へのあまりの無頓着さから、同僚に注意したことも一度や二度ではない。
上京した頃、近所の八百屋で買ったにんじんに衝撃を受けた経験がある。にんじんの味がまったくしないのだ。そして、あの独特の香りも。味もそっけもないにんじんを食べながら、実家での食事がいかに豊かだったかを痛感した。

兼業農家で米や野菜は自家製、目の前の太平洋から揚がる常磐物の魚介類。食べることが好きで、自分が中学生になってからは弟たちの夕飯作りもかって出て、作ることにも楽しさを感じていた。

「食べること」のエピソードがもう一つある。上京する時に母親が持たせてくれた、両手から溢れるほど大きなおにぎりの思い出。料理が決して上手とはいえない母親が作ってくれたあの時のおにぎりの味は、徐々に遠ざかるふるさとの風景と、新しくはじまる生活への不安や淋しさが入り交じり、未だに忘れられない。

こんな経験から、「食」の楽しさ、大切さを伝える食育を、はじめてのワークショップでテーマにしたいと考えた。いろいろ構想した結果『おにぎりから学ぶ大人の食育』でいったんテーマは落ち着き、準備も進めていた。しかし、準備をする工程で自分にとっての「食」が何度も回想され、思った。「何で、福島はあんなことになってしまったんだろう」
毎日当たり前に生活の中にあった、豊かに育った作物や海の恵みは奪われ、第一次産業は震災以前の状況からは程遠い状態にある。そんな福島の風評被害に何かできないか、そして、ふるさと福島を懐う人たちが居ることを感じて欲しい、そんな気持ちが私の中で日に日に大きくなっていった。

暗いことをあえてやる

ワークショップ設計中、福島の食材を取り上げたイベントに参加する機会があった。イベントの後で、主催者に「風評被害の影響は気になりませんか?」と質問したとき「暗いテーマはやらない」との答えが返ってくる。その言葉の通り、参加者はみんな楽しそうにそして美味しそうに、福島の食材に向き合っていた。

その時の気持ちを、上手く表現できる自信がない。

共感? 好感? 違和感??

とにかくハッキリと言えることは、その時、私の何かに火が点き、真っ向から風評被害を取り上げることを決めたということだ。そしてテーマを『福島県で摂れた米や具材でおにぎりを作り、福島県について語る』と修正した。
こんな経緯も含め、ワークショップ設計中はテーマや内容を変更したくなることが何度かあった。内心ドキドキしながら変更したい旨を伝えると、「納得のいく設計にしましょう!」と、ワークショップ設計所の方々は即、応じてくれた。私の想いを理解し伴走してくれたことが何より心強く、ここから本格的なワークショップ設計がはじまった。

変わらなかった想い

先述した通り、ワークショップとは何ぞやかも分からないままのスタートとなったが、「気づきがあるワークにしたい」という想いだけは最初から変わらなかった。福島の風評被害に向き合うことを通して、自身を含めたさまざまな価値観に触れ、何かしらの変化を持ち帰って欲しい。そのためには、一つ一つの工程に意味があるワークショップにしなければならなかった。目的・ねらいに幾度となく立ち戻り、参加者が合点のいく工程をひたすら考えた。夢の中でもワークショップ設計をしていた(!!)からか、食欲が止まらない、という症状が出るほど、今まで眠らせていた脳みそを存分に使い設計に想いを込め続けた。

そして、ワークショップ設計所との最終打合せの日。覚悟をもって臨んだ打合せだったが、私が提示したプログラム進行表を共有して数十分後「これで行きましょう!!」と、なんと一発OK。言葉を使う仕事をしてきたことが功を奏し、当日の進行についてリアルに伝えることができたようだった。夜中までの修正を想定していた私は「本当に大丈夫ですか?」と思わず聞いてしまったが、多少の確認をし「あとは、海月さんらしく進行するだけですね」との返答。その後、設計所の方々とは決起会となり、予想外の楽しい夜となった。そして、自分を信じてやるしかない、と改めて強く思った夜だった。

<続く>

記:地域コーディネーター 海月


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