グラフィックレコーディングの真の目的(あるいはファシリテーショングラフィックの真の目的)2つ目:記録

場とテクノロジー

前回記事からの続きです。

イラストや図は記録になりづらい

記録とは「のちのちに伝える必要から、事実を書きしるすこと。また、その文書。」と広辞苑にあります。

ですから始めの記事で前述の通り、リアルタイムに話の内容をイラスト化・図解化された模造紙の写真は、講演の「記録」にはなり得ません。(当然会議の記録にもなり得ません。なお、描き手の方の個人的な記録にはなり得るかもしれません。)

たとえば講演の2ヶ月後にその模造紙の写真をみかえして、講演内容を、自分の主観を入れずに思い出す自信が少なくとも私にはありませんし、その講演会場にいなかった人には講演内容は全くといっていいほどほとんど伝わらないでしょう。(キーワード同士を矢印等で結んだ図は内容とは言えません。強いていうならば、「盛り上がっていたなあ」くらいの空気感を記録する程度でしょうか。広辞苑に依れば記録の対象は事実ですが、空気感というものを事実と呼んで構わないのか微妙なところです。)

ビデオカメラでの記録はどうか

講演の記録装置として、すぐ思い浮かぶ機器はビデオカメラでしょうか。
映像と音声で、まさに「記録」できます。
しかし後日、映像の再生ボタンを押すことに対しては、どうしてか皆さん腰が重いようです。(昭和時代の結婚披露宴ビデオみたいですね。)

やはり内容を画面や紙で、網羅的に視認できる文章が、記録としては適切かと思います。

話の描き手が、自ら描き記したことを見返しながら、その日の夜に、講演内容を文章で書き直したものは記録として悪くはありません。
ビデオカメラに比べれば書き手の視点は入るでしょうが、キーワードやイラストではなく(主語も述語も省略されない)文章と補助的な図表で編集しなおせば、書き手自身もその読み手も、講演内容を後日思い出せる「記録」となります。(文章に直す作業は、その日の夜か少なくとも翌日までに行ってください。2日以上経つとおそらくもう思い出せませないか、無自覚の内に変化する記憶が多くなりすぎます。)
そして、当日描いた模造紙の写真は、その記録文章に添える名脇役となってくれるはずです。

文字だけでの記録

「要約筆記」をご存知でしょうか。
聴覚障害者に、話の内容を要約して伝える手段の一つですが、最近は「パソコン要約筆記」とも呼ばれ、話の内容がほぼ要約されずに目の前のスクリーンに映し出されます。(「要約筆記」という名称なのに、ほぼ「要約」されることはありません。おそらく手書きでなくパソコンだから要約せずとも筆記ができるようになったのでしょう。)ご存知ない方は、テレビの字幕放送の字幕部分が、いちいち消えることなく延々と表示され続ける様を思い浮かべてください。

ある大学の講義を受けたときに、パソコン要約筆記が行われていました。
教室前方に2枚の大型スクリーンがあって、片方はよくある解説のためのパワーポイント投影で、もう片方は教授の話す言葉一言一句が流れ続けていました(話者と言葉を文字としてリアルタイムに高速入力するタイピング業務は、学生ボランティアが交代で担当していました)。

視認性を重視するため文字のフォントサイズはかなり大きく、つい数十秒前に話された内容はあっという間にスクロールの彼方へ流れていってしまうのですが、私のような聴覚に問題のない人間にとっても、話される内容がそのまま文字として映し出され、その講義の理解に役立ちました。耳と目の両方で同じ情報を同時受信しているような不思議な体験でした。

最近は、テレビのバラエティ番組も出演者の発言のほとんどがテロップで出ますが、ちょうどあんな感じでしょうか。(発言が何らかの編集方針のもと、一部切り取られたりテキストに着色がある点で要約筆記とはまったく異なるものではありますが。)

また、スクロールバーを上に戻せば記録になっているため、映像や音声よりも内容を見返しやすくもありました。

このパソコン要約筆記は、その場で話を記録する技法として、とても有効なのではないかと密かに考えていますが、講演会や会議の場面でお目にかかることがなく、もったいないなあとよく感じます。  (次回記事へ続く)

参考文献
新村出編(2008)『広辞苑』第六版, 岩波書店.

注)この記事は、(株)ピースオブケイクのWEBサービス「note」で2016年12月14日に公開した記事を、加筆修正したものです。

記:ワークショップ設計所 小寺
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