(インターン生より) ファシリテーターがついにデジタル化!?

場とテクノロジー

人間に代わって議論の円滑な進行やトピックの制御を行うデジタルファシリテーターの構築を目指しているとの論文1を見たとき、「ファシリテーターまでもデジタル化するのか!」と正直思ってしまった。確かに現在は第4次産業革命が起こっており、AI、Fintech等の進歩は目覚しいものになっているのは事実ではあるが、果たしてデジタルファシリテーターの需要はあるものなのか。私なりの見解を以下に記述する。

子供たちの成長に役立つ可能性がある

ファシリテーターが機械に置き換わった場面をイメージしてみた。アニメで例えるなら、議論する場に「ドラえもん」がいるような感じであろうか。「ドラえもん」の進行に従い話題を振られ、議論をする。私は、デジタルファシリテーターは小学校など、子供たちが集まる場所でなら有用なのかもしれないと感じた。理由としては、デジタルファシリテーターを授業の一環として活用できる可能性があるからだ。仮に「議論」という授業が設けられたとする。「議論」という授業は、「ドラえもん」が仕切ってくれるので、とても新鮮である。加えて、人間以外が言葉を発することは珍しいので、子供たちはワクワクしながら議論をすることができると私は感じている。幼少のころから、「周りの人に自分の意見を共有できることは楽しいもの」だという感覚を持ってもらえれば、主体的に自分の意見を言える大人に成長できると私は考えている。

会議でデジタルファシリテーターを使うことは難しいと推測

一方で会議の場では、デジタルファシリテーターを用いることは難しく、人間のファシリテーターを導入するほうが良いと私は思っている。理由としては、デジタルファシリテーターは会議をしている場の雰囲気を読み取ること、あるいは、会議中でどの人が発言をしていないかを理解することは難しいと感じているためだ※。場の雰囲気を感じなくしてファシリテーターは務まらない。例えば、場の雰囲気がピリッとしたら、少し緩めてあげたり、あるいはどの人が発言をしていないのかを見極め、発言をしていない人に発言の機会を与えたりすることで、会議は功を奏するのではないだろうか。

※補足ではあるが、私が読んだ論文2には「視線や姿勢、音声などの非言語情報から得られる特徴を素性として導入し、素性のマルチモーダル化を図る」との記述があり、言葉以外からの情報の分析を試みている。しかし仮にマルチモーダル化に成功したとしても、機械は場の空気までも正確には感じ取れないと私は思っている。

臨機応変に使い分ける必要がある

時代は進化することはあっても退化することはないと私は感じているので、ファシリテーターが機械に置き換わる未来はそう遠くはないと感じる。結局は、どの場面でもデジタルファシリテーターを用いるというよりは、時と場合によって使い分ける必要があると私は思う(何事においてもあてはまるかもしれませんが)。

記:インターンシップ生 松本
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付録

  1. 塩田宰(2018). 複数人議論における取りまとめ役の分類と特徴の分析, 言語処理学会 第24回年次大会 発表論文集, 833-836.
  2. 前掲論文